連立方程式
複数の条件が同時に満たされる「一点」を探求する旅。
加減法と代入法が織りなす解のアルゴリズム。
線形代数へと繋がる、多次元空間における調和と交差の理論。
第1章:複数の物語が交わる場所
連立方程式(System of Equations)とは、複数の変数を持つ複数の方程式を「同時に」満たす値の組を見つける問題である。 一つの方程式 $x+y=5$ だけでは、$x=1, y=4$ や $x=2, y=3$ など無数の可能性(解)が存在する。しかし、そこにもう一つの条件 $x-y=1$ を加えると、世界は一変する。 両方の条件を満たす解は、$x=3, y=2$ ただ一つに定まる。これは、曖昧だった世界に秩序をもたらす「拘束条件」の魔法である。
幾何学的に見れば、2元1次方程式は平面上の「直線」を表す。 したがって連立方程式を解くということは、2本の直線が交差する「交点(Intersection)」の座標を求めることと同義である。 もし直線が平行であれば「解なし(不能)」となり、完全に重なっていれば「無数の解(不定)」となる。数式の背後には常に幾何学的な風景が広がっている。
交差する直線の視覚化
青い直線と赤い直線が交わる唯一の点。
それが連立方程式の「解」である。
文字を消す技術:消去の原理
連立方程式を解くための基本戦略は、常に一つである。「文字を減らすこと(消去)」だ。 $x$ と $y$ が混在している状態は複雑だが、どちらか一方を消し去り、未知数が一つだけの方程式(1元1次方程式)に持ち込めば、あとは簡単に解くことができる。 この「次元を落として解決する」というアプローチは、数学全般に通底する強力な問題解決手法である。
日本の伝統的な算数「鶴亀算(つるかめざん)」は、実は連立方程式そのものである。 「鶴と亀が合わせて10匹、足の合計が28本」という問題は、鶴を $x$、亀を $y$ とすれば $\begin{cases} x+y=10 \\ 2x+4y=28 \end{cases}$ と定式化できる。江戸時代の和算家たちは、これを面積図などを使って解いていたが、方程式を使えばより機械的かつ汎用的に解くことができる。
実践:二大解法のアルゴリズム
連立方程式を解くための具体的な手順として、「加減法(Elimination Method)」と「代入法(Substitution Method)」の2つがある。これらを適切に使い分けることが計算の達人への近道だ。
1 加減法:係数を揃えて消す
2つの式の辺々を足したり引いたりして、変数を消去する方法。最も汎用的で強力な手法である。
$y=2$ を②に代入して、$2x + 2 = 4 \implies 2x = 2 \implies x = 1$。
2 代入法:正体を暴いて置き換える
一方の式を「$y = \dots$」の形に変形し、もう一方の式の $y$ にその中身を代入する方法。変数の正体がはっきりしている場合に有効。
$x=3$ を①に代入して、$y = 2 \times 3 = 6$。
高校や大学の線形代数では、連立方程式を行列式を用いて機械的に解く「クラメルの公式」を学ぶ。 係数を並べた行列 $A$ の行列式(det A)が0でなければ、逆行列が存在し、一意な解が存在することが保証される。 これはコンピュータが大規模な連立方程式を解く際の理論的基盤となっている。
第2章:古代中国の「方程」とガウスの消去法
連立方程式の解法の歴史は古く、紀元前2世紀頃の中国の数学書『九章算術』にまで遡ることができる。 第8章「方程」には、現代の連立1次方程式に相当する問題と、その解法が見事に記述されている。
算木と行列計算
古代中国の数学者たちは、竹の棒(算木)を盤上に並べて計算を行っていた。彼らは係数を長方形の配列(現代の行列と同じ形)に並べ、隣り合う列同士で引き算を繰り返すことで解を求めた。 この手法は、19世紀にヨーロッパでカール・フリードリヒ・ガウスが再発見・体系化し、「ガウスの消去法(掃き出し法)」として知られるようになったものと本質的に同一である。 東洋の知恵は、西洋より2000年も早く行列演算の原理に到達していたのである。
関孝和と行列式
江戸時代の日本の数学者、関孝和(せき たかかず)もまた、連立方程式の解法を深く研究した一人である。 彼は1683年の著書『解伏題之法』において、連立方程式から変数を消去する過程で、現代の「行列式(Determinant)」に相当する概念を発見している。 これはライプニッツによる行列式の発見よりも早く、和算がいかに高度なレベルにあったかを示す証拠となっている。
第3章:線形代数への架け橋
連立方程式は、現代数学の屋台骨である「線形代数(Linear Algebra)」の出発点である。変数が2つから3つ、さらに $n$ 個へと増えたとき、もはや手計算で解くことは困難になる。そこで登場するのが「行列(Matrix)」と「ベクトル」だ。
$Ax = b$ の美しさ
何十、何百という連立方程式も、行列を使えばたった一つのシンプルな式 $Ax = b$ で表すことができる。 ここで $A$ は係数の行列、$x$ は未知数のベクトル、$b$ は定数のベクトルである。 この式は「行列 $A$ という変換によって、ベクトル $x$ がベクトル $b$ に移される」という幾何学的な意味を持つ。 方程式を解くことは、この変換を逆回しにする(逆行列 $A^{-1}$ を掛ける)操作に他ならない。
独立と従属
連立方程式において、ある式が他の式の単なる定数倍(例:$x+y=1$ と $2x+2y=2$)である場合、新しい情報は何も増えていない。これを「線形従属」と呼ぶ。 逆に、それぞれの式が独立した新しい制約を与えている場合を「線形独立」と呼ぶ。 未知数の数だけ独立した方程式が揃って初めて、解は一つに定まる。これは情報の冗長性と必要十分性を問う、深い論理的概念である。
連立方程式には解が求まらないケースが2つある。 1つは「不能(Inconsistent)」。例えば $x+y=1$ と $x+y=2$ のような、矛盾した条件の場合(平行線)。解は存在しない。 もう1つは「不定(Indeterminate)」。例えば $x+y=1$ と $2x+2y=2$ のように、条件が重なっている場合(一致する直線)。解は無数に存在する。
第4章:世界を最適化する計算
連立方程式は、現代のテクノロジーや経済活動のあらゆる場面で応用されている。
電気回路とキルヒホッフの法則
複雑な電気回路の解析には、連立方程式が不可欠である。 「回路網の任意の分岐点において、流入する電流と流出する電流の和は等しい(キルヒホッフの電流則)」などの法則に基づき、各抵抗や電源の関係を連立方程式として立てることで、回路全体の電圧や電流を正確に計算できる。 スマホやPCが動くのも、この計算のおかげである。
経済学と産業連関表
ノーベル経済学賞を受賞したワシリー・レオンチェフは、経済活動全体を巨大な連立方程式(産業連関表)としてモデル化した。 自動車を作るには鉄が必要で、鉄を作るには石炭が必要で…という複雑な依存関係を行列で記述し、ある産業の変化が経済全体に及ぼす波及効果を計算可能にした。 これは国家予算の策定や経済予測に使われる強力なツールである。
GPS(全地球測位システム)も連立方程式の応用である。 最低4つの人工衛星からの距離データを受け取り、「自分の位置 $(x, y, z)$」と「時刻の誤差 $t$」という4つの未知数を持つ連立方程式を解くことで、私たちは現在地を数メートルの誤差で特定できている。方程式が解けなければ、カーナビもGoogleマップも機能しないのだ。
多次元への招待状
一つの視点だけでは見えない真実も、
複数の視点(方程式)を組み合わせることで、一点の解として浮かび上がる。
連立方程式は、複雑に絡み合った世界を解きほぐすための
最も基本的で、かつ強力な「分解のメス」なのである。